夜瑠香 10代以下 2026/6/21 自死じゃないの。 膵臓がんで死んだお祖父ちゃん。 ⋯僕は(今回は僕でお願い)、お祖父ちゃんが小さい頃から好きだった。 朝早く起きてお祖父ちゃんのところに行って、ちょこんと座って 新聞を一緒に読んで漢字クイズを出してた。 その時間が一番幸せだった。 コーヒーをこぼしてごめんね。 それでも、優しく僕の頭を撫でてくれた。 あったかくて少しひんやりしていた。 でもね、いつからかは、知らない。 父親がよくお祖父ちゃんのところにいって、あまり帰ってこなくなった。 膵臓がんってことをしって、叔父さんと一緒に行ったんだろうな。 そこから入院して僕達、姉さんと一緒に話を聞かされた。 身の回りでは、大切な人が二人いなくなって。 きっと大丈夫。絶対。そう思ってた。 治ったことを聞いて嬉しかった。 でも、1,2ヶ月後に移転してるところがあって、もう深刻ってことを知らされた。 遠くても、ビデオ通話してた。 ちょこちょこ顔を出して喋ってた。 でも、もっと喋ればよかったな。 そう、思った。 死んでしまった。 受験生で喋りたかったけど、勉強に集中して。 第一志望校の受験日の4日前になくなってしまった。 衝撃がすごくって。 第二志望校の受験が終わったあとに、そっちに向かった。 体は綺麗で、顔は眠ってた。 喉の骨が出てて、小さい頃にあったときよりも、遥かに痩せてた。 その時は涙が出なかった。 花を入れるときに、手をそっと握った。 冷たくって。お祖父ちゃんなのかなって思うくらい。 お祖母ちゃんや、父さん母さんは泣いて親戚一同泣いていた。 ⋯姉さんは、泣かなかったけど。 僕は、こらえていた涙が一気に出て。 受験生だからって。そう思って勉強に集中してたけど。 もっと喋ればよかったな。としか思えないし後悔しかない。 最後に喋ったのはいつだったけとか、顔を合わせて、撫でてもらったのもいつか忘れた。 第一志望校に受かった。でも行かなかった。 理由は、1つ。 お祖父ちゃんに安心してほしいから。 5年後までお手紙書いたでしょ? 寂しくないようにって。 頑張って生きるから。 見守っててね。 夜瑠香より。
無 50代 2026/6/21 兄へ 10代で精神を病み、最後は孤独死 あなたの人生五十数年、少しは幸せなことがあったのだろうか? 亡くなって、母や父のところへ逝けて、やっと一息つけたのだろうか? やっと、全ての苦しみから解放されたのだろうか? 次は、楽しいことがたくさん感じられる幸せな人に生まれ変われることを願ってる お疲れ様 父と母の元でゆっくり休んで あなたの心が安らかでありますように
Nio 30代 2026/6/20 つい先日、別居中の母が亡くなりました。 享年6X歳、自室で首を吊っているところを、父が発見しました。夫婦二人暮しでした。 母は生前パーキンソン症候群に苦しんでおり、症状の悪化により長く勤めたパートも辞めたばかりのことでした。 次第に動かなくなっていく身体、原因不明の痛みに苦しみ、どれだけ大きな不安と恐怖に襲われていたのか、想像もつきません。 母は私から見て、いつも正しく強く、真面目で道理を通すきっちりとした人間でした。 去年の10月に認知症だった母方の祖母(母の母)を看取り、誰か他の人間に世話をかける事を極端に恐れているようでした。 それから母は自死を仄めかすような発言もしばしばあり、その度に私は母に注意しました。 誰にもこの先、長く迷惑をかけず、動けなくなる前に身体を終わらせるには、薬漬けになって痛みを先延ばしにする苦しみから解放されるには、今この時しかないと悟ったのでしょう。 他の方の手紙でも見た、「逃げるために死を選んだのではなく、それまで精一杯生き抜いて、生き抜いた人生を終わらせる判断をした」のだと、そう受け入れる他、私には術がありませんでした。 小さい頃、大きな病気を患った私の傍にずっと居てくれた母。 いつも工夫して料理を作ってくれた母。 叱って、教育してくれた母。 私の進む道を黙って応援してくれた母。 いつも明るく、無邪気な母。 子である私の目に映る母はいつも素敵でした。 ですが死後、母の自室で母が書いた生前のメモがありました。 自分の母を恨む内容でした。 自らの生に悩み、過去に育てられた良くない環境が今の自分の精神を蝕んでいる、と。 自分を守ってくれる人がいないことへの嘆きも書いてありました。 私は母にそんな一面を感じたことは一切なく、子に見せぬよう、必死に隠していたのでしょう。 身体的、精神的に大きな大きな不安や恐怖とずっとずっと戦い、子を守り抜いて育て上げた母を誰が責められるでしょうか。 母は今、苦しみも不安もなく、薬を飲み続けなくてもいい、綺麗で澄んだ空の上に居ると信じています。 母さん、後のことは全部任せて、ゆっくりおやすみなさい。 元気でね。 そして、本当にありがとう。
幽 10代以下 2026/6/19 本当に死にたかったのなら、それが一番君にとっての幸せだったのなら。 それでも良いんじゃないか。 そう思ってたのは本当だと思うけど。 そんなわけがない、はず。死が最高の選択なんて、そんなはずは、ない。 もとはと言えば、幸せになりたかったんでしょう?死んでしまえば何もできないじゃん。君も、私も。生きて、幸せになってほしかった。幸せになるために灯火を消すのは、違うはず。 全否定はできない。あの時の君にとっての救いは死だけだったのかもしれない。でも、生きててほしかった。その上で笑っていてほしかった。 この世界の全ての生物がハッピーな世界はないだろう。人間全員幸せな社会もないだろう。ただ、幸せになるかもしれないという可能性を自分で捨てないでほしい。 この投稿はただの個人の感想だけど。文章もおかしいし、話もぐちゃぐちゃだけど。 私の考えを、画面の向こうの誰かに伝えられたなら。。
みずいろ 40代 2026/6/19 15年前に妹を亡くしました。突然だったので当時、現実に何がおきたかすぐわからずしばらく何も考えれませんでした。慌ただしく葬儀、四十九日がすぎ辛さはそこからでした。 何も手がつかず寝起きするだけでの生活が続き何もできませんでした。 妹には線香をあげることしかできない。ずっと、どうして?なんで?と思う日々でした。 そして何もしてあげれなかった後悔ばかり。 今も辛さ、悲しさから立ち直れたわけではなく思い出すことは多々あります。 夢でしか会えない。もう一生会えない。この先数十年、彼女のいない人生を送ってかないとならない。思いもしなかった現実をただ生きてる毎日です。 何年経とうが悲しさ、辛さはかわりません。 周りをみると皆楽しそうにみえます。誰もこの辛さ、悲しみはわからないんだなと。 当事者会へ参加へして立場が違う人たちと話はできても共感とまではいかず自分と同じ思いをしてる人はいないのかなと思ってしまいます。辛さや抱えてることは千差万別だから仕方ないけど同じ立場の人と話せたら違うかもしれません。 生きてる私はこんな状況だけど亡くなった妹は死を選んでもっと辛かっただろうなと。 自死で亡くなる人は何もいわずに亡くなっていきます。 自ら、死にたい、死ぬと周りに公言してる人は大丈夫です。 直接の原因もわからず遺族は推測しかできないので故人が本当に何を思ったかわからないままです。 助けられなかったのが1番の後悔です。あの時こうしてたらと後で思ってもその時は予測すらできなかったというしかありません。どうにかして防止できたことがあったとも思えません。本当に突然、なんの兆しもなくおきたことにはどうすることもできない無力感だけです。 亡くなった人が1番辛かったわけだから遺族は生きてる間、辛さを抱えて生きてくのが当然だなと。それしか故人に対しできることがないですから。
おばあちゃん大好きっ子 10代以下 2026/6/18 自死ではないけど、 大好きなおばあちゃんへ 自分は13歳にあと、7日でなります。おばあちゃんが死んでから9年ぐらい経ったのかな?自分は大好きなおばあちゃんの声を忘れてしまいました。ねぇねが意地悪してきた時に怒ってくれたあの声を忘れてしまいました。おばあちゃんが死んじゃった時、自分は3歳の時じゃなかった?3歳だったけど、大好きなおばあちゃんのことは、9年経っても覚えてるよ。真ん中のおじさんが結婚したの。そして新しいいとこがね、3年前ぐらいに、できたんだよ。すごく可愛い。1番上のいとこの子も結婚したんだ。結婚相手の名前がね、1番上のおじさんと同じ名前なんだよ。おじいちゃんは、お庭に畑を作って野菜とかを育ててるよ。ねぇねも 高校生になったんだよ。おばあちゃんが死んじゃった時は赤ちゃんだった妹も、小学4年生になったんだよ。あと、おばあちゃんの家で、バーベキューしたんだよ。 おばあちゃん、自分はもう中学生になったんだよ。小学校では、半不登校みたいな感じでいたの。それを変えようとね、中学校で頑張ったんだけどね、4月はできたんだけどね、5月になってから、行けなくなっちゃった。6月に入ってから、起立性調節障害っていう病気の診断をもらったよ。行かなくなって、しばらくした時ぐらいからね、自分、学校の人の、周りの人の目がこわくなっちゃったの。クラブもすごく楽しみにしてて、50万円近くする、テナーサックスっていう楽器を買ってもらったよ。でもね、行けなくなってから、クラブの先輩がすごくこわく感じるようになっちゃった。これはね、親にも誰にも話してないんだよ。今ね、「助けて」っていう4文字が言えないの。ねぇねからのいじわるも悪化しちゃったの。前は簡単にできてたことがね、前より疲れるようになっちゃったんだよ。本当は精神科にいきたいの。だけど、親にも言えないの。死にたいんじゃないんだよ。生きるのに疲れっちゃったんだよ。おばあちゃんの方に行きたいけど、おばあちゃんは、ダメっていうかな?きっと言うと思う。おばあちゃんがこっちにきていいよって言ってくれるまでは生きようかなって思えるんだ。ねぇ、おばあちゃん、自分のいいところってどこなのかな?教えてくれない?今ね、気づいたんだけどね、おばあちゃんの誕生日の、6月13日の6と、3を入れ替えると、うちの妹の、3月16日になるんだよ。自分が生きてる間はね、おばあちゃんに見守っててほしいな。
レアルタ 10代以下 2026/6/16 もうなんにも考えたくなくなって、死にたくなった。 結局、「未遂」だけど。 痕も残っちゃったし。 自分ヤバイんかもって思って 学校行きたくないって親に言った。 休めたけど、余計心が削られただけだった。 理由なんて、言えるはずがない。 スカートが履きたくないこと。 死にたいこと。 他にもいっぱいある。 言えないけど。 休んでるときも死にたくなってやったけど、 痕が濃くなっただけだった。 死ねなくてごめんなさい。 行けなくてごめんなさい。 学校行かなくても、自己嫌悪で救われない。 明日も行きたくない。 行かなきゃだけど。 死にたいよ… 死んだら楽になるんでしょ?
ora 30代 2026/6/12 消えてしまった人はもう戻ってこないんだろうね。 悪意に満ちた正義漢気取りの人間のせいで、かつてあったものも壊されてしまった。 「みんななかよく」? それを真っ先に壊して回った人間が、よく言えるよね。 正義の基準は、自分が気に入るかどうか。 気に入らない相手は、そいつの妄想の中では悪役になる。 他責思考に基づいて悪役を追い詰めるために、監視・情報集め・ターゲットのマイナスイメージを作り上げることにあれこれ策を弄する。 うんざりするくらい真っ黒。 自分の汚さには気づかずに、いい人を気取って他の人を諭したり、ご高説をたれたりしているが、そんな人間が作った言葉には醜くて反吐がでる。 本当に気持ちが悪い。 どんな事情があるか、どんな気持ちでいるかも知らないくせに、自分勝手な正義だけで罪もない人間を追いつめて楽しいか? 追いつめられて、否応なく死に追いやられた人のことを、考えたことなんてないんだろうね。
夜光花 10代以下 2026/6/11 ねぇ、届くかな? あなたのこと、ずっとネットで見てたよ。 見つけて、そっからハマって、そのころから本当に大好きだった。 まあそんなに前じゃないけど。 4月の初め頃、あなたの死をネットで知った。 どん底に突き落とされた気持ちになった。 今も毎日、あなたのことを思ってる。 つらかったよね、最後の配信いけなくてごめんね、いってコメントしてたら、もしかしたら、もしかしたらだけどあなたの死を止められたかもしれない。 ムリだっただろうけど。 あなたは私の心の支えのうちの1人だった。 ねえ、あと何年かしたら私もそっちにいきたい。 許してくれる? リスナーには死んでほしくないって言ってたけど、許してくれる?私も仲間だからさ。 大好きだよ。
姉 30代 2026/6/11 喧嘩もたくさんしたけど一緒に旅行したりお酒飲みにいったり最高の妹だよ。 お互いおばあちゃんになってもさ、時々喧嘩したりしながらたわいもないことで笑い合えると思ってたんだよ。 姉ちゃん1人になっちゃった。 さびしい。すごく寂しいよ。 あいたいよ。
るい 10代以下 2026/6/10 一緒に死のうってあれほど君は言っていたのに、なんで、私だけ助かっちゃったんだろう。 本当は一番君には生きていてほしかった。 それはただの私の願望であって、もう叶いもしない。 ごめんね。天国でしあわせになってね。 ずっと一緒だよって言ってくれたこと忘れないよ 大好きだよ
会いたい 10代以下 2026/6/10 さいご、どんなことを思って、どんな姿で、どんな景色をみたんですか。 あなたの人生は終わってしまったんですか。 私は、相も変わらず今も生きるのが下手なんです。 今日も辛いんです。 あなたもこんな日を繰り返してきたんでしょう? そんななかでも前を向こうとしてきたんでしょう? 人生変えるんだって戦っていたでしょう? 一生懸命に我武者羅に生きているあなたを、私はこの目で見ていたの。 自分自身と、世界と、強く戦ってきたあなたが、 結局はやっぱり死を選ぶような世界で、私はどうしたらいいの? 私もあなたと同じ歳になる前には、会いに行ってもいいですか。 会いたいんです。耐えられないんです。
ゆにあ 10代以下 2026/6/7 君へ。 もう届くことのない手紙をここに書きます。 君と出会って別れるまで、たった3年だったけど、 その間の全部が忘れられないほど濃くて楽しかったよ。 ちょっと変だけど面白くて、よく笑うのが君だった。 毎日当たり前のように顔を合わせて、たまーに話して。 でも、この日常を当たり前だと勘違いしたのが馬鹿だった。 中学の卒業式の数日前に君の死を聞いた時、本当に驚いた。 こんな小説みたいなことが本当にあるんだって。 みんな泣いて、すごく重い空気だった。先生も泣いてたんだよ? やっぱり君はすごく愛されてたね。 僕も泣いたんだよ。人が死んだことで一度も泣いたことがなかったのに。 それでさ、数ヶ月後に君が君の死因が飛び降りによる自殺だって。 自殺するような人じゃなかったから、すっごく驚いた。 君が死んだせいで、僕は死ねなくなっちゃったんだよ? 死って誰かの人生を狂わせるんだよ。 僕はずっと死のうとしてたのに。 僕がためらってる間に君が逝っちゃった。 だから僕は後悔してるんだ。 君が死ぬ前に、あの時に死ねば良かったって。 君の前に僕が死んでれば、今の僕みたいに君は死ななかったはずだから。 君がなんで死んだのかわからない。 でも、一人にしてごめんね。ちゃんと話せなくてごめんね。 もっと話したかったし、遊びたかった。 ここまで話したけど、僕はやっぱり死にたいです。 君みたいに飛び降りる勇気はないから、首吊りの予定だけど。 8月には死ぬ予定だよ。 改めて、3年間本当にありがとう。 来世にでもまた出会えたら嬉しいです。 大好きだよ。
すふ 10代以下 2026/6/6 何年前だったか思い出せないの。 でもねこれだけは覚えてる。 お姉ちゃんの声と顔。 私が馬鹿なことしても笑ってくれたよね。 お姉ちゃんのお母さん、泣いてたよ。 私のお母さんが背中さすって、 お姉ちゃんの写真の前で。 お姉ちゃんのお兄ちゃん、結婚したよ。 電話したの。幸せそうだった。 何度もお姉ちゃんの家に行って、 お姉ちゃんの部屋の前を通って、思うの。 なんでお姉ちゃんじゃなきゃいけなかったのかなって。 私に笑ってくれたときも、つらかったのかな。何も知らないでいたのかな。 ごめんね、お姉ちゃん。 ごめんね。
ora 30代 2026/6/4 「死ぬ死ぬ言ってるけど、その人ほかでよろしくやってますから~」とか「具合が悪いのを装って死んだことにして、アカウント消して逃げるんじゃないの」とか、そういうことを公然と言える人の気が知れない。死にたいと言っている人を馬鹿にしたり、死を道具にして、ありもしないことを決めつけるような真似が、よくできると思う。その無神経な言葉が、どれほど大切な人を亡くした人に刺さるかもわかってない。きっとその事を指摘されても、露ほども反省などしないし、なんなら「本当の事でしょー」などと、自分勝手な妄想を根拠に開き直るような人間なんだろう。 自死で大切な人を亡くしたことがないんだろう。
さくら 20代 2026/6/1 ごめん ごめんな ごめんなひより 俺は男だ でも名前は女子みたいな名前で そのことを理解してくれたのはお前だけだったな お前も男だったな なあ、ひより いや、ゆうと お前天国で幸せにしてっか? 俺のこと見ててくれてるか? 俺は毎日お前を探してる 仕事中も、帰りも ずっとお前だけを探してる なぁ お前ほんとにいないの? なぁ、なぁ、 会いてぇよ、 会わせて、 頼むよ、
ナナ 10代以下 2026/5/31 ごめん ほんっとごめん あなたが死んだと知ったとき私は羨ましいと思ったんだ。 病気とか知らなかったよ しかも私と同じ心臓の病気だったんだってね 運命じゃんって思ったよ遅いけど 頑張ろうと思うけどもしかするとそこに行こうとするかもしれない その時はさこんなこと頼むのおかしいけれど 私がそっちに行かないように力づくで止めて欲しい 何してくれてもいい 見守って欲しいごめんね 自分勝手で でも、あなたの分まで生きるから 死のうとしてたら頭ぶん殴って止めて欲しい きっとその時私はあなたのこと忘れてるからさ あなたの分まで生きたとあなたが思ったらその時にそっちに行くことを許して欲しい 今までありがとう あなたがいなかったら私は思いとどまってないよ 本当にありがとう言うの遅くてごめんね 楽しかった
夜瑠香 10代以下 2026/5/31 まいちゃんへ 久しぶりだね。元気だった? ごめん。命日の日に手紙、かけなくて。 書きたかったんだ。遅くなってごめん。 ほんとは苦しくて手が震えていたんだ。 大好きな海参をたべて元気に過ごしてほしいです。 貴方のことを思い出すにつれてこの手紙が書けませんでした。 ごめんなさい⋯こんな言い訳してごめんなさい。 ありがとう⋯そしてさようなら⋯ 大切なあなたへ 夜瑠香より
自死じゃないの。
膵臓がんで死んだお祖父ちゃん。
⋯僕は(今回は僕でお願い)、お祖父ちゃんが小さい頃から好きだった。
朝早く起きてお祖父ちゃんのところに行って、ちょこんと座って
新聞を一緒に読んで漢字クイズを出してた。
その時間が一番幸せだった。
コーヒーをこぼしてごめんね。
それでも、優しく僕の頭を撫でてくれた。
あったかくて少しひんやりしていた。
でもね、いつからかは、知らない。
父親がよくお祖父ちゃんのところにいって、あまり帰ってこなくなった。
膵臓がんってことをしって、叔父さんと一緒に行ったんだろうな。
そこから入院して僕達、姉さんと一緒に話を聞かされた。
身の回りでは、大切な人が二人いなくなって。
きっと大丈夫。絶対。そう思ってた。
治ったことを聞いて嬉しかった。
でも、1,2ヶ月後に移転してるところがあって、もう深刻ってことを知らされた。
遠くても、ビデオ通話してた。
ちょこちょこ顔を出して喋ってた。
でも、もっと喋ればよかったな。
そう、思った。
死んでしまった。
受験生で喋りたかったけど、勉強に集中して。
第一志望校の受験日の4日前になくなってしまった。
衝撃がすごくって。
第二志望校の受験が終わったあとに、そっちに向かった。
体は綺麗で、顔は眠ってた。
喉の骨が出てて、小さい頃にあったときよりも、遥かに痩せてた。
その時は涙が出なかった。
花を入れるときに、手をそっと握った。
冷たくって。お祖父ちゃんなのかなって思うくらい。
お祖母ちゃんや、父さん母さんは泣いて親戚一同泣いていた。
⋯姉さんは、泣かなかったけど。
僕は、こらえていた涙が一気に出て。
受験生だからって。そう思って勉強に集中してたけど。
もっと喋ればよかったな。としか思えないし後悔しかない。
最後に喋ったのはいつだったけとか、顔を合わせて、撫でてもらったのもいつか忘れた。
第一志望校に受かった。でも行かなかった。
理由は、1つ。
お祖父ちゃんに安心してほしいから。
5年後までお手紙書いたでしょ?
寂しくないようにって。
頑張って生きるから。
見守っててね。
夜瑠香より。
兄へ
10代で精神を病み、最後は孤独死
あなたの人生五十数年、少しは幸せなことがあったのだろうか?
亡くなって、母や父のところへ逝けて、やっと一息つけたのだろうか?
やっと、全ての苦しみから解放されたのだろうか?
次は、楽しいことがたくさん感じられる幸せな人に生まれ変われることを願ってる
お疲れ様
父と母の元でゆっくり休んで
あなたの心が安らかでありますように
つい先日、別居中の母が亡くなりました。
享年6X歳、自室で首を吊っているところを、父が発見しました。夫婦二人暮しでした。
母は生前パーキンソン症候群に苦しんでおり、症状の悪化により長く勤めたパートも辞めたばかりのことでした。
次第に動かなくなっていく身体、原因不明の痛みに苦しみ、どれだけ大きな不安と恐怖に襲われていたのか、想像もつきません。
母は私から見て、いつも正しく強く、真面目で道理を通すきっちりとした人間でした。
去年の10月に認知症だった母方の祖母(母の母)を看取り、誰か他の人間に世話をかける事を極端に恐れているようでした。
それから母は自死を仄めかすような発言もしばしばあり、その度に私は母に注意しました。
誰にもこの先、長く迷惑をかけず、動けなくなる前に身体を終わらせるには、薬漬けになって痛みを先延ばしにする苦しみから解放されるには、今この時しかないと悟ったのでしょう。
他の方の手紙でも見た、「逃げるために死を選んだのではなく、それまで精一杯生き抜いて、生き抜いた人生を終わらせる判断をした」のだと、そう受け入れる他、私には術がありませんでした。
小さい頃、大きな病気を患った私の傍にずっと居てくれた母。
いつも工夫して料理を作ってくれた母。
叱って、教育してくれた母。
私の進む道を黙って応援してくれた母。
いつも明るく、無邪気な母。
子である私の目に映る母はいつも素敵でした。
ですが死後、母の自室で母が書いた生前のメモがありました。
自分の母を恨む内容でした。
自らの生に悩み、過去に育てられた良くない環境が今の自分の精神を蝕んでいる、と。
自分を守ってくれる人がいないことへの嘆きも書いてありました。
私は母にそんな一面を感じたことは一切なく、子に見せぬよう、必死に隠していたのでしょう。
身体的、精神的に大きな大きな不安や恐怖とずっとずっと戦い、子を守り抜いて育て上げた母を誰が責められるでしょうか。
母は今、苦しみも不安もなく、薬を飲み続けなくてもいい、綺麗で澄んだ空の上に居ると信じています。
母さん、後のことは全部任せて、ゆっくりおやすみなさい。
元気でね。
そして、本当にありがとう。
ねぇ、しんどいよ
生きるのも死ぬのもどうしようもなく疲れちゃった
君に会いたい
「死にたい」って何回も言ってたのに助けられなくてごめんね
本当に死にたかったのなら、それが一番君にとっての幸せだったのなら。
それでも良いんじゃないか。
そう思ってたのは本当だと思うけど。
そんなわけがない、はず。死が最高の選択なんて、そんなはずは、ない。
もとはと言えば、幸せになりたかったんでしょう?死んでしまえば何もできないじゃん。君も、私も。生きて、幸せになってほしかった。幸せになるために灯火を消すのは、違うはず。
全否定はできない。あの時の君にとっての救いは死だけだったのかもしれない。でも、生きててほしかった。その上で笑っていてほしかった。
この世界の全ての生物がハッピーな世界はないだろう。人間全員幸せな社会もないだろう。ただ、幸せになるかもしれないという可能性を自分で捨てないでほしい。
この投稿はただの個人の感想だけど。文章もおかしいし、話もぐちゃぐちゃだけど。
私の考えを、画面の向こうの誰かに伝えられたなら。。
15年前に妹を亡くしました。突然だったので当時、現実に何がおきたかすぐわからずしばらく何も考えれませんでした。慌ただしく葬儀、四十九日がすぎ辛さはそこからでした。
何も手がつかず寝起きするだけでの生活が続き何もできませんでした。
妹には線香をあげることしかできない。ずっと、どうして?なんで?と思う日々でした。
そして何もしてあげれなかった後悔ばかり。
今も辛さ、悲しさから立ち直れたわけではなく思い出すことは多々あります。
夢でしか会えない。もう一生会えない。この先数十年、彼女のいない人生を送ってかないとならない。思いもしなかった現実をただ生きてる毎日です。
何年経とうが悲しさ、辛さはかわりません。
周りをみると皆楽しそうにみえます。誰もこの辛さ、悲しみはわからないんだなと。
当事者会へ参加へして立場が違う人たちと話はできても共感とまではいかず自分と同じ思いをしてる人はいないのかなと思ってしまいます。辛さや抱えてることは千差万別だから仕方ないけど同じ立場の人と話せたら違うかもしれません。
生きてる私はこんな状況だけど亡くなった妹は死を選んでもっと辛かっただろうなと。
自死で亡くなる人は何もいわずに亡くなっていきます。
自ら、死にたい、死ぬと周りに公言してる人は大丈夫です。
直接の原因もわからず遺族は推測しかできないので故人が本当に何を思ったかわからないままです。
助けられなかったのが1番の後悔です。あの時こうしてたらと後で思ってもその時は予測すらできなかったというしかありません。どうにかして防止できたことがあったとも思えません。本当に突然、なんの兆しもなくおきたことにはどうすることもできない無力感だけです。
亡くなった人が1番辛かったわけだから遺族は生きてる間、辛さを抱えて生きてくのが当然だなと。それしか故人に対しできることがないですから。
会いたいよ
ひどく、君に会いたい
会えないならこの世に生きてる価値なんてどこにももうないよ、
助けて
自死ではないけど、
大好きなおばあちゃんへ
自分は13歳にあと、7日でなります。おばあちゃんが死んでから9年ぐらい経ったのかな?自分は大好きなおばあちゃんの声を忘れてしまいました。ねぇねが意地悪してきた時に怒ってくれたあの声を忘れてしまいました。おばあちゃんが死んじゃった時、自分は3歳の時じゃなかった?3歳だったけど、大好きなおばあちゃんのことは、9年経っても覚えてるよ。真ん中のおじさんが結婚したの。そして新しいいとこがね、3年前ぐらいに、できたんだよ。すごく可愛い。1番上のいとこの子も結婚したんだ。結婚相手の名前がね、1番上のおじさんと同じ名前なんだよ。おじいちゃんは、お庭に畑を作って野菜とかを育ててるよ。ねぇねも
高校生になったんだよ。おばあちゃんが死んじゃった時は赤ちゃんだった妹も、小学4年生になったんだよ。あと、おばあちゃんの家で、バーベキューしたんだよ。
おばあちゃん、自分はもう中学生になったんだよ。小学校では、半不登校みたいな感じでいたの。それを変えようとね、中学校で頑張ったんだけどね、4月はできたんだけどね、5月になってから、行けなくなっちゃった。6月に入ってから、起立性調節障害っていう病気の診断をもらったよ。行かなくなって、しばらくした時ぐらいからね、自分、学校の人の、周りの人の目がこわくなっちゃったの。クラブもすごく楽しみにしてて、50万円近くする、テナーサックスっていう楽器を買ってもらったよ。でもね、行けなくなってから、クラブの先輩がすごくこわく感じるようになっちゃった。これはね、親にも誰にも話してないんだよ。今ね、「助けて」っていう4文字が言えないの。ねぇねからのいじわるも悪化しちゃったの。前は簡単にできてたことがね、前より疲れるようになっちゃったんだよ。本当は精神科にいきたいの。だけど、親にも言えないの。死にたいんじゃないんだよ。生きるのに疲れっちゃったんだよ。おばあちゃんの方に行きたいけど、おばあちゃんは、ダメっていうかな?きっと言うと思う。おばあちゃんがこっちにきていいよって言ってくれるまでは生きようかなって思えるんだ。ねぇ、おばあちゃん、自分のいいところってどこなのかな?教えてくれない?今ね、気づいたんだけどね、おばあちゃんの誕生日の、6月13日の6と、3を入れ替えると、うちの妹の、3月16日になるんだよ。自分が生きてる間はね、おばあちゃんに見守っててほしいな。
もうなんにも考えたくなくなって、死にたくなった。
結局、「未遂」だけど。
痕も残っちゃったし。
自分ヤバイんかもって思って
学校行きたくないって親に言った。
休めたけど、余計心が削られただけだった。
理由なんて、言えるはずがない。
スカートが履きたくないこと。
死にたいこと。
他にもいっぱいある。
言えないけど。
休んでるときも死にたくなってやったけど、
痕が濃くなっただけだった。
死ねなくてごめんなさい。
行けなくてごめんなさい。
学校行かなくても、自己嫌悪で救われない。
明日も行きたくない。
行かなきゃだけど。
死にたいよ…
死んだら楽になるんでしょ?
消えてしまった人はもう戻ってこないんだろうね。
悪意に満ちた正義漢気取りの人間のせいで、かつてあったものも壊されてしまった。
「みんななかよく」?
それを真っ先に壊して回った人間が、よく言えるよね。
正義の基準は、自分が気に入るかどうか。
気に入らない相手は、そいつの妄想の中では悪役になる。
他責思考に基づいて悪役を追い詰めるために、監視・情報集め・ターゲットのマイナスイメージを作り上げることにあれこれ策を弄する。
うんざりするくらい真っ黒。
自分の汚さには気づかずに、いい人を気取って他の人を諭したり、ご高説をたれたりしているが、そんな人間が作った言葉には醜くて反吐がでる。
本当に気持ちが悪い。
どんな事情があるか、どんな気持ちでいるかも知らないくせに、自分勝手な正義だけで罪もない人間を追いつめて楽しいか?
追いつめられて、否応なく死に追いやられた人のことを、考えたことなんてないんだろうね。
ねぇ、届くかな?
あなたのこと、ずっとネットで見てたよ。
見つけて、そっからハマって、そのころから本当に大好きだった。
まあそんなに前じゃないけど。
4月の初め頃、あなたの死をネットで知った。
どん底に突き落とされた気持ちになった。
今も毎日、あなたのことを思ってる。
つらかったよね、最後の配信いけなくてごめんね、いってコメントしてたら、もしかしたら、もしかしたらだけどあなたの死を止められたかもしれない。
ムリだっただろうけど。
あなたは私の心の支えのうちの1人だった。
ねえ、あと何年かしたら私もそっちにいきたい。
許してくれる?
リスナーには死んでほしくないって言ってたけど、許してくれる?私も仲間だからさ。
大好きだよ。
喧嘩もたくさんしたけど一緒に旅行したりお酒飲みにいったり最高の妹だよ。
お互いおばあちゃんになってもさ、時々喧嘩したりしながらたわいもないことで笑い合えると思ってたんだよ。
姉ちゃん1人になっちゃった。
さびしい。すごく寂しいよ。
あいたいよ。
一緒に死のうってあれほど君は言っていたのに、なんで、私だけ助かっちゃったんだろう。
本当は一番君には生きていてほしかった。
それはただの私の願望であって、もう叶いもしない。
ごめんね。天国でしあわせになってね。
ずっと一緒だよって言ってくれたこと忘れないよ
大好きだよ
さいご、どんなことを思って、どんな姿で、どんな景色をみたんですか。
あなたの人生は終わってしまったんですか。
私は、相も変わらず今も生きるのが下手なんです。
今日も辛いんです。
あなたもこんな日を繰り返してきたんでしょう?
そんななかでも前を向こうとしてきたんでしょう?
人生変えるんだって戦っていたでしょう?
一生懸命に我武者羅に生きているあなたを、私はこの目で見ていたの。
自分自身と、世界と、強く戦ってきたあなたが、
結局はやっぱり死を選ぶような世界で、私はどうしたらいいの?
私もあなたと同じ歳になる前には、会いに行ってもいいですか。
会いたいんです。耐えられないんです。
君へ。
もう届くことのない手紙をここに書きます。
君と出会って別れるまで、たった3年だったけど、
その間の全部が忘れられないほど濃くて楽しかったよ。
ちょっと変だけど面白くて、よく笑うのが君だった。
毎日当たり前のように顔を合わせて、たまーに話して。
でも、この日常を当たり前だと勘違いしたのが馬鹿だった。
中学の卒業式の数日前に君の死を聞いた時、本当に驚いた。
こんな小説みたいなことが本当にあるんだって。
みんな泣いて、すごく重い空気だった。先生も泣いてたんだよ?
やっぱり君はすごく愛されてたね。
僕も泣いたんだよ。人が死んだことで一度も泣いたことがなかったのに。
それでさ、数ヶ月後に君が君の死因が飛び降りによる自殺だって。
自殺するような人じゃなかったから、すっごく驚いた。
君が死んだせいで、僕は死ねなくなっちゃったんだよ?
死って誰かの人生を狂わせるんだよ。
僕はずっと死のうとしてたのに。
僕がためらってる間に君が逝っちゃった。
だから僕は後悔してるんだ。
君が死ぬ前に、あの時に死ねば良かったって。
君の前に僕が死んでれば、今の僕みたいに君は死ななかったはずだから。
君がなんで死んだのかわからない。
でも、一人にしてごめんね。ちゃんと話せなくてごめんね。
もっと話したかったし、遊びたかった。
ここまで話したけど、僕はやっぱり死にたいです。
君みたいに飛び降りる勇気はないから、首吊りの予定だけど。
8月には死ぬ予定だよ。
改めて、3年間本当にありがとう。
来世にでもまた出会えたら嬉しいです。
大好きだよ。
何年前だったか思い出せないの。
でもねこれだけは覚えてる。
お姉ちゃんの声と顔。
私が馬鹿なことしても笑ってくれたよね。
お姉ちゃんのお母さん、泣いてたよ。
私のお母さんが背中さすって、
お姉ちゃんの写真の前で。
お姉ちゃんのお兄ちゃん、結婚したよ。
電話したの。幸せそうだった。
何度もお姉ちゃんの家に行って、
お姉ちゃんの部屋の前を通って、思うの。
なんでお姉ちゃんじゃなきゃいけなかったのかなって。
私に笑ってくれたときも、つらかったのかな。何も知らないでいたのかな。
ごめんね、お姉ちゃん。
ごめんね。
「死ぬ死ぬ言ってるけど、その人ほかでよろしくやってますから~」とか「具合が悪いのを装って死んだことにして、アカウント消して逃げるんじゃないの」とか、そういうことを公然と言える人の気が知れない。死にたいと言っている人を馬鹿にしたり、死を道具にして、ありもしないことを決めつけるような真似が、よくできると思う。その無神経な言葉が、どれほど大切な人を亡くした人に刺さるかもわかってない。きっとその事を指摘されても、露ほども反省などしないし、なんなら「本当の事でしょー」などと、自分勝手な妄想を根拠に開き直るような人間なんだろう。
自死で大切な人を亡くしたことがないんだろう。
ごめん
ごめんな
ごめんなひより
俺は男だ
でも名前は女子みたいな名前で
そのことを理解してくれたのはお前だけだったな
お前も男だったな
なあ、ひより
いや、ゆうと
お前天国で幸せにしてっか?
俺のこと見ててくれてるか?
俺は毎日お前を探してる
仕事中も、帰りも
ずっとお前だけを探してる
なぁ
お前ほんとにいないの?
なぁ、なぁ、
会いてぇよ、
会わせて、
頼むよ、
ごめん
ほんっとごめん
あなたが死んだと知ったとき私は羨ましいと思ったんだ。
病気とか知らなかったよ
しかも私と同じ心臓の病気だったんだってね
運命じゃんって思ったよ遅いけど
頑張ろうと思うけどもしかするとそこに行こうとするかもしれない
その時はさこんなこと頼むのおかしいけれど
私がそっちに行かないように力づくで止めて欲しい
何してくれてもいい
見守って欲しいごめんね
自分勝手で
でも、あなたの分まで生きるから
死のうとしてたら頭ぶん殴って止めて欲しい
きっとその時私はあなたのこと忘れてるからさ
あなたの分まで生きたとあなたが思ったらその時にそっちに行くことを許して欲しい
今までありがとう
あなたがいなかったら私は思いとどまってないよ
本当にありがとう言うの遅くてごめんね
楽しかった
まいちゃんへ
久しぶりだね。元気だった?
ごめん。命日の日に手紙、かけなくて。
書きたかったんだ。遅くなってごめん。
ほんとは苦しくて手が震えていたんだ。
大好きな海参をたべて元気に過ごしてほしいです。
貴方のことを思い出すにつれてこの手紙が書けませんでした。
ごめんなさい⋯こんな言い訳してごめんなさい。
ありがとう⋯そしてさようなら⋯
大切なあなたへ 夜瑠香より